2014年11月9日日曜日

題名未定の時代小説 第一話 東風 その1

東風 1/9

目次



 東風吹かば  にほひをこせよ梅の花 あるじなしとて春なわすれそ
                              宝物集 巻第二



 年も明け立春が過ぎ、未だ寒い睦月は雨水の夜を、梅の香を乗せた風が通り抜けていった。
時刻にして虎の刻、今の言い方をすれば午前3時と言ったところだろう。
 
天満宮や八幡神社で名高い亀戸もはずれにくれば江戸の僻地、広大な耕作地に、ぽつぽつと農家や廃屋が見えるばかりの閑散とした風景が広がっている。

 街道から外れた場所に流れる小さな小川の畔に、一人の男が佇んでいた。
総髪に結った髪が筋骨の張った身体の上に据えられ、何処か垢じみた袷を身に纏い大小二本の刀を腰に差した様は、侍のようにも見える。

名を、岡田真之介と云う。

 岡田真之介は浪人である、父もまた浪人であり、祖父は何処かの藩に仕えた旗本であったと聞いている。
岡田家が江戸に移り住んだのは父の代であり、主家の廃絶に伴い仕官先を求め江戸に登ったが、当時の幕府の方針により士官さえままならず浪人に身を窶したのだった。

浪人とは主家を失った武士のことを言う、江戸においてもそれは変わらない。
名字帯刀さえ許されているものの、主家からの扶持(給料)さえ無い彼らの暮らしぶりは町人と寸分違わぬものであり、世事に疎く商才に欠ける彼らの困窮ぶりたるや、想像に難くないだろう。
 
 真之介の父、精之介もそんな浪人達の一人であった。
精之介は仕官先を探しながら本所深川の裏長屋で暮らし、日々の糧を得るために様々な仕事を身につけた。

 水を運び傘を貼り、時には油を、時には炭団を背負い売り歩いた。
商才は無く愛想も良くはなかったが、情に篤く実直な人柄であり、長屋の連中からは精さんと呼び慕われ、貧しいながらもそれなりの暮らしを送っていた。

博打も打たず女も滅多に買わぬ、日に数杯の僅かな酒を楽しみとしながら暮らす父のもとに母が嫁いできたのは、精之介二十二歳の春のことである。

真之介は母を知らぬ。
真之介が生まれてすぐに病没したと聞いてはいるが、顔も、名も、声さえも憶えてはいない。
ただ幼き日に、父に母の事を訪ねた折見せた苦い表情だけが、真之介にとって母を表す唯一の記号であった。


 真之介が数えで七つになった年に、父は町道場へと彼を連れて行き、彼にこう言った。
「ごらん、立派な道場だろう、いいかい真之介お前は剣の腕を磨くんだ、
剣の腕一本でこれだけ立派な道場の主になれるんだよ、
腕が立ちゃあお城にだって入れるかもしれない、そうなりゃ士分、紛れもない武士だ」
 
道場の中から響く門下生達の気声に押し包まれながら真之介が頷くと、父は静かに微笑んだ。

「俺みてえな“もどき”になっちゃいけねえよ」

 一心不乱に木刀を振る男達の背中を見ながら小さな声で呟いた父の言葉が、今も真之介の耳こびりついて離れないのは、その顔に張り付いた微笑と、その目の奥に宿る深い悲しみを、幼いながらに感じ取っていたからだろう。

 父の言葉通り、真之介は剣の修行に没頭した。
最初は武士の息子でありたいと思い、そして父を武士の父親にしてやりたいとの強い願いからだったが、時が経つにつれて、それだけではなくなっていった。

真之介自身が、剣を知ることに魅せられていたからだ。

剣の先に相手を見遣る時、また向けられた剣の先にいる己を深く知ることが出来る、その感覚がより、真之介を剣の世界へと引き込んでいった。

 真之介は元服を迎えると同時に、長谷川一伝流の皆伝を得た。
父を一人残し諸国を漫遊する武者修行、とは行かなかったが、厳しい修行と日々の雑事の合間を縫い、江戸の街に数多ひしめく町道場へと赴き他流試合を重ねていった。

多くの剣友も得た、長谷川道場に岡田在りとのささやかな名声も得た、己が剣の腕がひとかどのものに成った事をひしひしと感じていた。




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