2014年11月9日日曜日

題名未定の時代小説 第一話 東風 その4

東風 4/9
その5


 朽ち果てた農家の前庭というのは、往々にして荒れ果てているものだ。
地面は窪むし、小石も転がる。
その場所を駆ける真之介の草鞋が、そういった障害の一つに足をとられたのも必然と云えよう。

足元をとられた身体が流れ、上体が慣性に従い前にぶれる。
上下半身のずれを是正すべく腰が浮き、後方に取り残された重心を取り戻すべく足が止まる。

この姿勢の崩れは致命的だ。

そしてこれこそが、賊の狙う必殺の間合いにして必殺の瞬間。
引き絞られた弓が弾け、風よりも速く矢が放たれる。
弦の鳴る音は先程よりも遥かに近い。

身を沈めた真之介が、崩した姿勢のまま腰に差した刀を抜き打ったのは、音が聞こえるそれとほぼ同時のことであった。


 暗闇の中で飛来する炭染めの矢を切り捨てる事など、およそ人間には不可能に思える所業だ。
事実、賊はそのようなことは考えても見なかっただろう。

だがそれを、岡田真之介は難なくやってのけた。
数年来離れていた筈の剣の業は、凍夜に映えた月光の如く冴え渡る。

 恐らく彼自身、ここまで身体が動くとは思っていなかっただろう。
長年積み重ねた鍛錬と研鑽は、四年の月日を越えなお彼の身体の中で燠火の如く燻り、再燃の時を待っていたのだった。


弓を放てば必然、次の矢を番えるまでに隙が出来る。
真之介はこの時初めて直線の軌道を描き柿の木に猛進した、そのまま速度を緩めること無く、木の幹に思い切り身体をぶつける。

 頭上で枝葉の揺れる音が鳴り響き、朽ちて乾いた渋柿がぼとぼとと落ちる中、黒ずくめの装束を着て黒い頭巾を被った男が、一際太い枝の上から降ってきた。
咄嗟に受身を取ろうとする男の身体を踏みつけ、抜き身の刀を深々と鳩尾に突き立てる。
男は悲鳴も上げず、大きく身体を痙攣させた後に息絶えた。

刀を抜くと、びゅうと返り血が噴き出してくる。

冷え切った身体に浴びる人の血潮は熱く、土埃にまみれた身体に湿り気を与えてくれるようで、真之介にはそれが不快であるよりも、むしろ心地良くさえ感じられたのだった。


 柿の木の揺れる音に感づいたのか、廃屋から二人の男が飛び出してくる。
人数にして二人、それぞれの手には刀が握られている。

真之介は刀を正眼に構えた。
月の光に、その刃がぬらぬらと光って揺れる。
相対する男達はそれぞれ上段と逆八双に構えこれに相対する。
白刃の煌きは各々の放つ殺気の様によく似ていた。

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