2014年11月9日日曜日

題名未定の時代小説 第一話 東風 その5

東風 5/9
その6


 男達は刀を構えたまま、それぞれ間合いを測りながら右回りと左回りの円を描き真之介の周囲を回り始めた。
どちらかに注意を払えばどちらかが死角に入る。
周到な殺しの手段であり、定石にして穴の無い戦術だ。


 剣の戦いは間合いを制したものが勝利する。
間合いとは距離であり、距離とは時間であり、時間とは速さだ。
即ち空間を支配した側が圧倒的に優位に立つ。


真之介の使える空間は僅かであり、それは時間と共に狭まって行く。
この状況で時間をかければかける程、真之介が不利になって行くのは目に見えていた。


 真之介はおもむろに構えを解いた、正確には正眼から脇構えに切り替えたのだが、左側にいる男からはそれが見えない。
逆八双に構えた刀で袈裟に斬りかかろうとして男が右足を踏み出す。

その瞬間、脇に構えた刀を真之介が左手一本で振り抜いた。

居合い、あるいは抜き打ちの要領である。
刀の届く間合いは両手で身体の正面を向けた男より、半身で片手に刀を持った真之介の方が僅かに長い。
地を這う軌道で半円を描いた切っ先が、男の脛を断ち切った。
忽ち男がもんどり打って倒れる。
乾いた地面に、飛沫を描いて血潮が飛び散った。

 無防備になった右半身を狙い、もう一人の男が大上段に唐竹割りを繰り出す。
真之介が刀を返すより、男の刃が脳天を割るほうが速いだろう。

真之介は迷わず、刀を捨てて男の前に飛び出した。
死中に活を見出す心、その身を刃に晒すことこそが剣の心であり、一種の境地でもある。

大降りで振り下ろされる刀のその根元、太く鍛え上げられた男の左手首を真之介の右手が掴んでいた。
僅かに届かなかった刃に触れ、総髪に結った真之介の髷が解け、垂れて落ちる。

いつの間にか男の腰に伸びていた真之介の左手が、その腰に差した脇差を抜き取り男の腹に突き通す。
男は頭巾に開いた穴から、零れ落ちんばかりに両目を見開いて絶命した。

空気は冷え切っている。

 振り向くと、脛を断ち切られた男は血溜まりを残して何処かに消え、父の形見である同田貫だけがぽつんと、夜の闇と月の光に取り残されていた。

(どうせ大した事は出来まい)

投げ捨てた刀を拾い上げ、懐紙で血と脂を拭い鞘に納め歩き出す。
廃屋の中からはまだ女の呻き声が聞こえている。
左手に自らの脇差を抜いて構え、廃屋の闇の中へと摺り足で踏み入っていった。
 

 廃屋の中は暗く、そして埃の臭いに満ちていた。
朽ちた木と、土と、そして先刻までいたであろう男達の汗の臭いが僅かに感じられる。

土間の隅、かまどの横にずた袋が横たえてあった、ぐねぐねと蠢く様はさながら大きな蛭にも似ている。
恐らく呻き声の主はこの中だろう。

「暴れるな、今袋から出してやる」

袋を上から肩を叩き、小柄を取り出して袋に切れ目を入れる。
そのまま左右に引っ張ると、袋はびりびりと音を立てて二つに裂けた。

 袋の中に放り込まれていたのは若い女だった。二十歳より若く見えるが、女の歳を顔で判別できるほど、真之介は女に通じているわけではない。
猿轡をかまされ手足も紐で縛められているからか、未だに身体をもぞもぞとさせている。
縛めを解いてやるとようやく落ち着いて、身体を揺するのを止め埃臭い空気を肺一杯に吸い込み、そして吐き出した。

「怪我は無いか?」
立ち上がり膝を叩く娘の顔を見下ろして真之介が訪ねると、娘も顔を挙げ真之介の顔を見上げた。
ふっくらとした顔は垢じみたところが無く、育ちの良さを感じる、着ている着物も錦に織られ見るからに高価だ。
見上げる娘と目が合った、僅かな怯えと、安堵の入り混じった表情を浮かべ、こちらを見ている。

そして……眼が泳いだ。

黒目がちな瞳が、真之介の肩越しに何かを見ている。
形の良い唇が歪み“あ”の形を作ろうとしていた。
それは警告だ。

振り向きざまに真之介が投げ打った小柄が、脛を断たれた男の眉間に突き刺さるのと、
廃屋の階上から放たれた炭染めの矢が男の脳天に突き立ったのはほぼ同時であった。

0 件のコメント:

コメントを投稿