2014年11月9日日曜日

題名未定の時代小説 第一話 東風 その7

東風 7/9
その8


「よい、面を上げい」

真之介は頭を上げることが出来ない。このような状況に置かれたことは、当然だが無い。

「上げよと言っているのだ、岡田真之介」
「はっ!」

腹の底から声を挙げ、真之介は上体を起こした。
背すじに金棒でも打ち込まれたような畏まった姿勢だ。

「美奈より聞かせてもらった、其の方の此度の働き、大義であったぞ」
「有難き幸せ」
真之介は再び頭を下げるが、再び起こせと命ぜられる。

「して、何が欲しい?」
「は?」
「褒美じゃよ、ほ・う・び、此度の働きに対する返礼じゃ」

 真之介はきょとんとしてしまった。
まさかこのような所に姫がかどわかされているとは思いもしなかったし、それに対する褒美が在るなど考えてもいなかった。

「金子か?それとも仕官の口利きか?お主の望む物を何でもくれてやる、これは妾からの個人的な礼じゃ、遠慮せず何でも言うがよい」

真之介は考えた、己の望むものとは何なのだろうか、と。
仕官、父を武士の父親にしてやりたくて目指していたそれも、父のいない今となっては虚しいものに感じられた。
金子も違うだろう、身に余る金を得たとて、使い道すら思いつかぬ。

今、真之介の求める唯一のものは、剣への思いだけであった。
それは煮詰まり、どろついて後ろ暗く、熱く、切実なまでに痛烈で。
しかし如何に将軍家の姫であろうと、この渇望を満たすことは出来ないだろう。

「ありませぬ、何もありませぬ」

姫の目が見開かれた。

「なんと、何も無いと申すか」
「姫様の御好意、恐悦至極に御座います。しかし乍、昨日まで病身の父を養うことばかりを追い求め、他に何も思わず、感じず生きてまいりました故、求める物は何も在りませぬ故、辞退申したく候」

「……父は如何なされた」

「死に申した」

「親類はおるのか」

「居りませぬ」

「嫁御は」

「居りませぬ」

「……何ゆえ……何ゆえ斯様な場所に来たのだ?」

「生きる標を見失いましたが故、行く宛も無く彷徨い歩いておりましたところ、姫様の呻き声を聞きつけ馳せ参じました」

一際強く風が吹き、あばら家の壁が、隙間風に“びょう”と啼いた。




0 件のコメント:

コメントを投稿