2014年11月9日日曜日

題名未定の時代小説 第一話 東風 その9

東風 9/9
全文


 それから五日後、一人長屋で米を炊く真之介の家に、長屋の大家が訪ねてきた。

降って湧いたように縁談の話が持ち上がっているのだという。

誰かと生きる自身は無かったが、父を失い独り身の辛さが身に沁みてきていた真之介は、
迷いに迷った末、ひと目だけでもと大家に押し切られ、相手の娘と会食の席を設けることとなった。


 いま、大家が仕立ててくれた一張羅を着て、真之介は墨田の畔に建つ料理茶屋の座敷に座っている。

膳を挟んで一人の娘が、顔を赤らめながら節目がちに真之介をちらり、ちらりと見遣る。
初々しい二人に配膳を終え、女中が座敷から下がって行く。

その目が“ぱちくり”と瞬いたことに、真之介は気付かない。

眼前の娘の愛らしさと、それに相対する気恥ずかしさに中てられていたのだった。

不器用な会話をはじめた二人を、花やぐ季節の柔らかな光が照らしている。



 東風凍を解く、ある春の日の出来事であった。






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