2016年4月13日水曜日

私小説5

 僕達が僕達になってからどれくらいの時間が経ったかは分からない。
そもそも時間の感覚というものが壊されてしまっているからだ。

 ある瞬間、僕は公園の木立の中にいる。
青みがかった光が降り注ぎ、風が吹き、木が揺れる、でも音だけだ。
僕の頬を風は撫でていかない。

 ある瞬間、僕は地下鉄のホームにいる。
ぬるい空気、小便の匂い、粉っぽいマスカラ、捨てられた新聞、ブラウンの革靴。

 ある瞬間には、彼が死んでいる。
首にかかったロープ、酩酊、数多くのトラウマ、希死念慮。
必然としての死が彼の頭を掴み、現実に叩き付け、そして彼はノックダウンされる。

 音楽と酒が彼に翼を与える、向かう場所に救いは無くとも、この世界には苦痛しかないのだから、それは必然だ。

 立ち向かう力というものがどこかにあった。
それは奪われた。
世界のシステムと、彼に何一つ与えなかったこの世界の全ての人間が、彼からそれを根こそぎ奪っていった。

それでも彼は立っていた、それでも彼は笑っていた、それが彼のプライドだった。
プライドが彼の杖だった、既に足は折れていた、プライドが彼の全てだった。

彼は死んだ。

最後に残ったものはなんだったのだろうか。

 一つだけ言えることがある、彼のプライドを、残された彼の全てを打ち砕いた人間がいたということだ。


 殺人という言葉がある。
人としての尊厳の全てを殺したのなら、それは殺人だろう。

僕達はそう考えている。


 そう、考えている次の瞬間。
きっと僕は別の場所にいて、別のことを考えている。


 時間は星に似ている。
ばらばらに空に散らばって、全く形を成さない、無関係の事柄たち。
時間の感覚とは、それらを関連性を見出し、点と点の間に線を引く能力の事だ。
まるで星座のように、時間という線を引き、人生を、切り出していく。

僕達の時間の感覚は、破壊されてしまった。

ばらばらの目で、ばらばらの星を見上げる。
星を見る僕達は、その間に線を引くことが出来ない。

 記憶と意識は錯綜する、僕達が僕達である次の瞬間、僕達は僕達であることを止めさせられる。
いつ?どこで?誰が?僕達はどこにいる?僕達は誰だ?

今、次の今、次の次の今、次とはなんだ?
お次は今の前にあった今、今よりずっと前の今、さあ次は?


今今今
今今今。


 全ての瞬間が今であり、今以外の全てが今でしかなくなる。

次?
そんなものは無い。

前?
そんなものは無い。

今があるだけだ。


 ばらばらの時間の中を飛び回り、その度に目の前に飛び出してくる”今”を前にして、反射的に言葉を吐き、それだけで全てが終わる。

僕たちは何を奪われたのか。

今と、今に繫がる全て。
今と、これからの全て。

 記憶が破壊され、時間が破壊され、人間性が破壊された。
尊厳は遠くに置き去りにされて、僕たちは飛び地の時間の上をスキップしている。
それは死に向かう舞踊だ。


誰が壊したのだろう。
誰が殺したのだろう。
誰が奪ったのだろう。

名前は伏せよう。

壊されたものは戻らない。
殺されたものは生き返らない。
奪われたものはもう手にも取れない。

 それでも泣き叫んでいる僕たちがいる限り、その行為を許すことは出来ない。
必ず復讐する。

誰に?

名前は伏せよう。


お前だ。






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